2011年5月29日日曜日

聴く


人類の歴史のなかで、人間が文字という力を獲得したのは、実はごく最近のことであるという。それ以前では、オーラルによるコミュニケーションの歴史が圧倒的に長かった。
心にさざなみが立つとき、あらためてヒトの声に耳を傾ける、ということへ立ち戻り、ゆっくりと咀嚼し、その眼差しに身をゆだねることが大切なのかもしれません。

『My Architect』(映画 DVD)
一人の建築家の謎の死によって幕をあける。
彼の作品はあまり多くないが、完成度が高いと評された。
教鞭をとっているときの学生との建築を巡る静かな対話や、光と物質を巡る考察は神秘的な響きをもち、言葉だけでも空間として成立していた。
建築家であったLouis Kahn(ルイ カーン)は3つの家族も残した。この映画の監督、ナサニアルはカーンの私生児であり、父については幼少期にあたるわずかな記憶しかもちあわせていない。各地に散らばった父の軌跡を追うため、作品とゆかりのある人々をめぐる旅の記録である。
フィルムのなかで何度と繰り返されるヴァイオリンのフレーズは、旅の場面によってときに悲しく、ときに楽しい調べに姿をかえ、風景を強めている。
カーンの影なき今もなお、机上の線の塊は、空と土の境界に物質性をもってゆっくりと立ち上り人々を包んでいる。その空間は世界のどこかで朝日とともに光を孕み、影をおとし、やがてまた一日を終える。各地にのこされた線の集積、そして家族と自分。散らばった点と線を手繰りよせ、縦糸と横糸をもって自分自身を織りなおそうと、耳を傾けるナサニアル
あなたはその終わりのない駿巡の記録に、嫉妬すら覚えることだろう。


『鏡の荒野』新井敏記(Switch Publishing)
雑誌Coyoteの編集長の京都造形大における3日間の講義録。テーマは『旅』。23名の受講生とのダイアログ。編集という旅は“聴く”ことから全てが始まる。


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